新潟県上越市ライブハウス・メモリーの歴史【初代マスター編】

メモリーというライブハウスは昭和に出来たライブハウスです。

私が前マスター(オーナー)とお会いしたのは1998年頃でしょうか。

その時からちょくちょく通わせていただきました。

マスター、マスター、と呼んでいたものです。

前マスターは、キーボーディストでしたが、ギターのことも教えていただきました。

ギターのコードはポジションを移動させればいいので、そんなに多くのパターンを覚える必要はない、とのことでした。

そんな教えに目から鱗が落ちたものです。

ライブも何度かさせていただきました。

前マスター(オーナー)は戦後韓国に取り残された日本人だったそうです。

大人になるまで韓国で過ごし、韓国で教師をしていたそうです。

なので韓国語がペラペラでした。

日本へ帰国したときに日本を色々回ったそうです。

そして新潟県の上越市を通った時に、その土地に惚れ込み、居着いたそうです。

上越市の高田地区から、雪山まで1時間かからず、また海岸まで20分と、自然のアクティビティが好きな人には最高だ、と言っていました。

私の父(60代)の話では、郷津海岸近くのナツメロ、というところで、キーボードを弾いていたそうです。

そのあとメモリーを開店させたのですね。

亡くなったのは、確か10年ほど前だったと思います。

前マスターは亡くなる大分前に、私の友達に店を譲って、自分は息子さんの住むところで隠居していました。

私の友達がメモリーのマスターになった瞬間です。

その友達とは、現マスターのY 氏です。

彼は本業の仕事の激務の傍ら、メモリーの切り盛りも始めました。

最初は前マスターに弟子入りするように始まりました。

前マスターが韓国で食べていた、チヂミなど、色々教えてもらって修行していました。

現在は前マスターの息子さんに家賃を払って営業しています。

次回はいよいよ現在のマスターである、Y 氏の物語です。

お楽しみに!